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[2008/03/03] 「私の復活方法」復活ノート・・・109 おまけ「今日も、ムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜」
復活ノート
「資格」
復活をめざすビジネスが、資格がいるものなら、あなたは、それについては、
ベテランでしょうから、何も言うことはありませんが、
復活をめざす方便として、あるいは、人生設計として、資格を考えましょうか。
私は、仕事をするための資格は何も持っていませんが
(教員資格は、親に言われて「仕方なし」に取ったものです)、自分の長女と次女には、
機会があるごとに、何か資格を取るように言っています。
本人の職業や性格から考えて
(もちろん、「食いっぱぐれ」ない資格を頭において)、
長女には管理栄養士の(現在、ある大手乳業でケーキなどの試作をしているので)、
次女には、PT(理学療法士)かOT(作業療法士)の資格です
(親の目から見て、やさしくて根気がある性格なので)。
「仕事の夢だけでなく、自分の夢をかなえるためにも資格が大事だ」とか
「資格をもっているというだけで、若い者に使われるぞ」と脅かしても、二人には、その
気がないようですが。
私自身が、他人が決めたことをしたくないという「へそまがり」ですから、仕方がないの
かもしれません。
ところが、その私が、「危険物取扱者」(乙種4類)という資格を取ってしまいました。
企業向けの派遣会社とはどんなものか興味があって、昨年、そこに属して2ヶ月がんばっ
た経験があるので、アルバイトのチラシをよく見るようになりました。
求人は、社会の動向を反映していて、多い職種は介護スタッフとセルフのガソリンスタン
ドのスタッフです。
その中で、危険物取扱者資格必要という言葉がよく出てきますので、
ネットなどで調べると、理系の学歴など必要がなく、暗記が中心なので一度受験しようと
決めました。
個人的には、承認、許可、認可、届出などの決まりごとへの拒否反応と戦わなければなり
ませんでしたが、案外暗記力が衰えていなくて、自信がつきました。
独立したとき、アルバイトをした人も多いでしょう。
私も、焼肉屋の皿洗い、地下街の清掃など、自分の仕事を終えた後、深夜の仕事を何年も
続けました。
復活をあきらめそうになったとき、またお金が入用になったときなどに、この資格が役に
立つかも知れません。
そう思うと元気が出てきます。
私は、調子に乗って、今度は気象予報士に挑戦することを考えています。
毎年2回試験がありますので、緊張関係が保てそうです(毎年1回ならあきそうです。
「危険物取扱者」は、どこかで毎週やっています)。
体は足腰が、頭は暗記力が衰えないように注意して、復活をめざしましょう。
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今日も、ムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜
「あんじょう」
「吉兆」のお上が、例の事件の後、家業を守るべく社長に就任したとき、
「わたしが代表になったほうが、あんじょうできると思って」と挨拶したやろ。
「あんじょう」は、「味よく」から来ているようで、「うまく」というような意味や。
料理屋だけに、「味よく」とゆうたんかと思うかもしれへんけど、昔は、大人は誰でも、
「あんじょうしいや」などとゆうていた。
ところで、「吉兆」は、お父さんが、日本を代表する料理人で、その子供である姉妹4人
が、それぞれ婿養子もうて、同じ商売をするとゆう特殊な一族や。
典型的な花登筐(はなとこばこ)の世界やけど、姉妹4人、婿養子4人、そして、それぞ
れの子供の心の内は、部外者にはうかがいしれんもんがあるやろな。
その記者会見の「あんじょう」は、ひさしぶりに聞いたもんでも、初めて耳にしたもんで
も、印象深かったようや。
ぼくの子供も、「初めて聞いた」とゆうていたけど、それは、ぼくらが使わなくなったか
らや。
ぼくらの親は使うていたのに、ぼくらは使うていない言葉はなんぼでもある。
もちろん、ぼくらの親の時代にも、ぼくらの子供のときも、そうゆうことが起きて、言葉
は変わっていくのやろけど。
5億年前のカンブリア紀以来(今は、エディアカラ紀から始まるらしいけど)、動植物の
絶滅はくりかえされてきた。
近い将来人間の絶滅もあるような、ないようなとゆわれているとき、
言葉なんかどうでもええし、あと100年もすれば、方言どころか、日本語もいらんよう
になるかもしれん。
そんなときに、関西の方言一つぐらいどうでもええようやけど、
「あんじょう」ゆう言葉を聞くと、「ちゃんとやれ」以上の、
いや、それ以外の意味があったように思うのや。つまり、「わたしが見といてあげるか
ら」といったような。
関西弁を聞くと、虫唾(むしず)が走るゆう江戸っ子が多いけど、
甘え声で「いやや」とか「かんにん」とかゆわれると、たまらんとゆう東京の男もおるら
しいな。
初めて見るものに興味が引かれるようなところあるやろけど、「あなたの気持ちは十分わ
かるけど」とゆう意味が汲みとれるのかもしれん。
方言はせまいところで使われているからから、家といっしょで、自分の心を戸締りしてへ
んからな。
ところで、「きさんじ」ゆう言葉がある。
「気楽なことばっかりゆう人」に使われるけど、「それでも、くよくよせずに前向きに生
きる人」でもある。
また、「やたけた」は、「自分勝手な振るまいをする人」やけど、「それでも、なんか憎
めへん人」でもある。
方言は間口が広いけど、そうゆうことは、だんだん許されへんようになるから、絶滅の道
を進んでいるのやろか。
「やたけた」でも、「きさんじ」の人生を送るのが夢やけど、
「てんご」が過ぎて、ちょっと「わや」になっているけど、おばあちゃんが、どこかで、
「あんじょうしいや」とゆうてくれているような気がする。
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