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[2007/03/19] 「私の復活方法」復活ノート・・・65 おまけ「今日も、ムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜」
復活ノート
「セカンドホームサービス」
私は、1972年(昭和49年)に、ベビーシッターサービスや、介護保険法が施行され
る前から在宅介護サービスを考案・企業化したことは何回も説明しました。
当時は、経済が飛躍的に伸びていて、常に人手不足でしたから、主婦にも働いてもらわな
いと困るというのが社会の要請でした。
今では笑い話ですが、ファミレスに入っても、
20代のウエートレスはほとんどいなくて、30代、40代、なかには50代の女性が、
ミニスカートをはいて接客していました
(20代は、もっと時間給が高い職場にいました。
しかも、時間給が10円でも高いほうへすぐ移るといわれていました。つまり、人手の取
りあいでした)。
だから、家には、子供しかいなかったので、私のビジネスが急成長したのでしょう。
しかし、まだ「介護」という言葉は、社会的なものではありませんでした。
育児、とりわけ介護は、個人的なもので、社会や国が関知するものではないと思われてい
ました。
あるのは、「生活保護」という制度だけだったのです。
その後は、「少子・高齢化」が、あっというまに日本を揺るがしているわけです。
介護スタッフを、フィリッピンなどから呼ぼうという意見もあるようですが、
当のフィリッピンの若い人は、日本ではなく、カナダやアメリカに行きたいらしいので
す。
外国人に、「汚い」、「きつい」などの3Kとか4Kとかいわれる仕事をさせるが、日本
国籍を認めたくないということが通用するかどうかということです。
ただし、介護は、資格以前に人間性が問われる仕事です。
ところで、当時から「核家族」という言葉が知られていました。
つまり、おじいさんとおばあさんは、田舎で暮らしていました。
そこで、私の同業の中には妙なことを考える者がいました。60、70代の女性を、「擬
似おばあちゃん」として派遣するサービスです。
これは、アイデア倒れでしたが、「本来の家庭像」へのあこがれが社会にあったのを察知
したのかもしれません。
時は流れ、私のスタッフがお世話した子供たちも大きくなりましたが、進学や就職のため
に、別の都会で「一人暮らし」をしているす若者も大勢います
(東京などは、所帯数の中の「一人暮らし」の比率が、5割以上とか)。
そこで、また別のビジネスを考えました。
高齢者の独居は注目されていますが、若者の独居をサポートするのです。
家庭の居間のように、食事を用意して、しばらく話をして、自分のマンションに帰るので
す。
つまり、セカンドハウスではなく、セカンドホームです。
最近は、「個室」から「個食」になっているといわれていますが、私は、以前から、次の
段階である「孤話」になっているといっています。
それが、ネットが原因で起きる事件の背景にあるかもしれません。
ひょっとして「セカンド」でなく「ファースト」に感じる若者がいるかもしれません。オ
ーナーは、家長的な存在になるわけです。ここがポイントです。
本人は、都会の孤独に落ちつぶされることもなく、心身とも充実した生活が送ることがで
きます。実家の親も安心するでしょう。
ところで、年配の者がどんどん来たらどうします?
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今日も、ムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜
「男の生き方」
「おれの生き様を見ろ」とは、がんばってきたゆう自信がないとなかなかゆえん。
せやけど、これからは「おれの生き方」ゆうてほしいな。
「生き方」は生っちょろい響きか。「生き方」では、苦労したゆうても、浪人を3年した
けど、同級生より出世が早かったとか、30代で郊外に家を立てた程度か。
「生き様」のほうが波乱万丈が出ているてか。
嫁が出ていったので、一人で子供5人を育てたとか、借金10億円を返して、新たな事業
に成功したとか。それはすごいわ。
それやったら、落語家の桂雀々は、子供時代、家が借金まみれで親が逃げたが、
借金取りが家に上がりこんできたので、コタツに隠れていたけど見つかって、
その借金取りに同情されて、「兄ちゃん、がんばりや」ゆうて小遣いもろうた話はどうや
(上岡龍太郎が仲人したんやけど、クールな上岡が、雀々の結婚式で号泣したゆうやない
か)。
また、漫才コンビ「麒麟」の田村の身の上は有名や。
中学生のとき、家に帰ると、家具が外に放りだしてあって、父親が、「今日で解散」ゆう
て、どっかへ行ってしまった、
姉はどこかへ引き取られたけど、田村は、しばらく公園で住んでいた、
ウンコ型の滑り台の中で寝ていたので、近所の子供からは、「ウンコの神さん」とゆわれ
ていた話はどうや。
どちらも泣かせるし、笑わせるなあ。波乱万丈としては、上々の出発や。
「様」は一瞬のことやので、「死に様」とはゆうけど「生き様」とはゆわへんといいたか
ったけど、どうでもええわ
(さっきゆうた「号泣」もみんなで泣くことやった)。
せやけど、スナックを「貸しきり」はおかしい。「借りきり」やろとだけゆうとくわ(香
川登志緒か)。
最近、ある税務を改革する責任者だったもんが、「妻でない女性」と高級官舎に住んでい
たゆうことがわかって辞任した。
また、ある教育会社の社長も、部下の妻をどうにかしたとかで追放や。
責任者のほうは、最近朝日新聞のインタビューを受けていたけど、財務省の権限を小さく
しようとしていたので、役人が週刊誌などにリークしたようや。
教育会社の社長も、いずれそんなもんやろ。
二人は後悔しているやろけど、脇が甘いなあ。敵は(特に内部の)、手の上げ下げでも見
ていることを忘れたらあかん。
こうなったら、「それが、何かご不満でも?」とゆうたらええのに。向こうの作戦通り世
間を敵にまわしたから、うっとうしくなったか。
「永田ラッパ」とゆわれた、大映社長の永田雅一は、えげつない人生を送った人間やが、
そっちのことで問題になったとき、
「女優をめかけにしたことはない。めかけを女優にしたんだ」と言いはなった。
また「誠心誠意うそをつく」政治家三木武吉は、「めかけが5人いる」といわれて、「そ
れはまちがっています。
正確には6人です。わたしが世話をしなければ、生きていけないのです」と答えて、世間
は苦笑いした。
自分の甲斐性やったら何をしても、そうゆわれへん。
税務責任者は、ただで官舎に住んでいたし、社長も、ただで秘書とあちこちいけると思う
たんやろな。どちらも、すごい力を持っていたはずやのに。
とにかく、せこいことは非難される。
桂三枝も泉谷しげるも、お手当をけちったばっかりに、「内部告発」されてもうた。
人生の先輩でも、こんな失敗している。
そこで、今注目されている若い二人について考えよう。
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