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[2006/12/11] 「私の復活方法」復活ノート・・・51 おまけ「今日も、ムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜」
復活ノート
「ホッとニュースサービス」
団塊世代といわれる私たちの子供時代を振りかえってみると、現在の子供と比べて、日本
や世界で起きていることはあまり知りませんでした。
テレビは普及していなくて、新聞も、女子供が読むものではないという考えが、
まだどこかにあり、母親がニュースを話題にすることはほとんどありませんでした。
ときおり、映画館で、映画の前に「動くニュース」を見るのが、関の山でした。
また、父親の世代が、NHKしか信用していないようだったのは、大本営発表の影響でし
ょうか。
今やニュースは、テレビの番組の花形です。
しかも、食卓のお供といった時代になりました。ただ、その中身はといえば、最近では、
自爆テロ、汚職、子供の虐待です。
血まみれの現場、連行される県知事、虐待が行われた住宅を見ながら、ビールを飲んだ
り、鍋をつついたりするのです。
世間の不幸を肴(さかな)に、自分の幸福を確認するのもいいでしょうが、
映像とはいえ、一日の終わりに、そんな光景を目に焼きつけるのは、精神衛生に悪い影響
はないのでしょうか。
誰かとトラブルがあったとか、交通事故を起こしたとか、ある日そんなことを実際に経験
すると、その日は、台無しになったように思い、熟睡もできません。
何も変わったことがなくても、落し物を拾い感謝されたという些細なことでも気持ちのい
いことがあったほうが、今日という日はよかったとはならないでしょうか。
それで、世界や国内から「ホッとニュース」のみを特集するサービスです。
「ホッとするニュース」は、今はトピックとしか扱われていないでしょうが、
そのトピックの背景や波紋を取りあげたり、悲惨な事件でも、隠されている善意を見つけ
ます。
またそれについて議論することも大事です。
たとえば、犬や猫の救出がニュースで流れますが、それをすることはいいことだと思う
が、そんなことをニュースで取りあがる必要があるのかという意見もあります。
いつまでも若々しく生きるために、サプリメントを追いかけたり、
脳トレにいそしむことも大事ですが、火事で焼けだされたり、
洪水で流される人を見てしまった(?)あとは、
「人間の善意を確かめて、豊かな人生を送ろう」というアピールをしていくのです。
アメリカでは、一日中天気予報のみ、あるいはスポーツのみ放送するテレビ局があるとい
ます。
また、経済ニュースを分析するサービスもあります。
「ホッとするニュース」のみに限定すると、スポンサーもつくと思います。とりあえずイ
ンターネットからどうぞ。
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今日もムーズが降りてきた〜きみと漫才を〜
「素性」(2)
前回、風景だけの写真より、全く知らん人でも人が写っているのを見るのが好きやゆう
た。
しかも笑顔の人より、照れたりブスッとしているほうがええ。つぎどんなことをゆうのか
考えるのがおもろい。
ぼくは、誰かと話をしていても、その人の足を踏んだり、コーヒーを頭からかけたら、ど
うなるのやろと思うことがある。
まっ、恐いくせに蛇をつついて遊ぶようなもんか(実存主義的な嗜好やな。何のこっちゃ
わからんが、そんなことゆうているから、嫌われるんやろ)。
ところで、「明治、大正、昭和の元町商店街」の写真に写っている建物の説明に目が留ま
った。
「この建物は、〇〇洋服店で、今もある」、
「このコーヒー店は、今もにぎわっている」などといっしょに、
「奥に見える建物は、現在の〇〇銀行の前身の一つである〇〇銀行の前身の〇〇銀行であ
る」、
「この建物は、現在の〇〇銀行の前身の一つである〇〇銀行の前身の一つである〇〇銀行
の前身の〇〇銀行である」・・・。
そんな説明を見るのは初めてやった。誰が書いたか知らんけど、よう覚えている上に、几
帳面な性格やと感心した。
明治、大正、昭和初期の建物は、今のビルのように、愛想もくそもない、
つるんとした建物ではなく、ヨーロッパ建築を真似ているから、装飾も施されていて、
堂々としている。
せやけど、神戸の人が畏敬をこめて見上げた当時は、自分が、こんなに合併や吸収をする
運命が待っているとは知る由もなかったやろ。
それを考えていたら、建物が人のように思えてきた。
元町は、前回書いたように、ブラジルなどへ移住するための中心地やった。
ぼくの友だちの田中君も、家族とともに移住したんやけど、ここで、どんな運命が待って
いるのやろかと、子供心に考えたやろな。
ぼくらは、これからの運命を気にかけるが、今までのこと、つまり、親やその前、また、
その前の世代の運命で自分がいるのはあんまり考えへん。
せやけど、それを知りたくて仕方がない人もいる。
「ルーツ」のクンタ・キンテや、中国に取り残された人も、必死で自分の過去を探す。ブ
ラザー・トムが父親を探すのも、ドキュメンタリーでやってたやろ
(小柳トムゆう名前で、警官の格好をしてコントやっていたのに、いつのまにか歌手にな
っていた)。
もちろん、中国に残された人は、日本で、身内を探さんとあかんゆう切実な理由が
あるけど、誰でも、自分の親のことは知っておきたいとゆう本能的な気持ちがあるの
やろな(ぼくらは、簡単に親が嫌いになるけど)。
ところで、ぼくらのように、下々のもんは、ひいじいさん、ひいばあさんのことはわから
ん。
つまり、孫の子供ぐらいになると、ぼくらは闇の中や。死んでからも覚えててもらえるの
は、50年ぐらいか。
田舎の葬式なんかで、近所のとしよりから、「あんた、どこの子や」、
「ああそうか、あれの孫か」、「あそこにすわっているとしよりは、あんたのおじいさん
のいことや」とかゆわれる。
自分が、ジグソーパズルの一つのピースになったような気がする。
若い頃は、他人に自分の素性を知られていることはいややった。
60近くになると、そうゆうことをゆわれると、何か安心するところがある。氏神さんに
守っていてもらえるような気がする。
せやけど、親の世代も、だんだんいなくなり、同級生も、そこまで知ってへん。
人間ゆうもんは、年をとると、自分の居場所ももどるもんやろか。
今年も終わりに近づいてきた。30年前に死んだおばあちゃんと今年死んだ母親のことを
思い出すようにするか。
二人とも、元町商店街で見た昔の銀行のように、紆余曲折などなく、平凡な人生を送った
けど。
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